大泉サロン


【女性版トキワ荘】 大泉サロン

(練馬区 Wikipediaより一部転載)

■ 大泉サロンを探して・・・(雷蔵が跡地を探しに行ったレポートです。)
■ 萩尾望都インタビュー(eBook Japan)
■ 竹宮恵子先生が語る、大泉サロンの思い出(マンガナビより)
■ 佐藤史生データベース 『大泉サロンについて』

2014/01/22 追記:
eBook Japan の萩尾望都インタビューによると、萩尾が講談社に持ち込みした際、当時桜台に住んでいた竹宮恵子のアシスタントに行く事になり、そこで「もう少し広い所に引っ越したいから、家賃を折半して一緒に生活しないか」と申し出られたのがきっかけだそうです。

大泉サロン(おおいずみサロン)とは、萩尾望都と竹宮惠子が同居し、「24年組」と呼ばれた漫画家達が集っていたアパートを指す。

所在地の東京都練馬区大泉にちなんで坂田靖子が命名したとされる。竹宮の友人の増山法恵(竹宮のプロデューサー・原作者をへて、のちに作家)が「女性版トキワ荘」のような場を作る計画を立て、増山の家の真向かいの長屋で竹宮と萩尾が生活し始めた。

増山によると、それまでの竹宮と萩尾は漫画マニアではあったが、映画や本の知識はほとんどなく、それらに詳しかった増山が彼女たちに、様々な作品を教えたという。また、のちに二人の作品のテーマになる「少年愛」も、もともとは増山の趣味であり、彼女が二人に伝授したという。

そこに次第に、山岸涼子、山田ミネコ、ささやななえこ、伊東愛子、佐藤史生、奈知未佐子、坂田靖子、花郁悠紀子など、昭和24年前後に生まれた若き女性漫画家達が集まり、漫画を描いたりアシスタントをしたり語りあったりしては帰宅する生活を送るようになった。彼女らの多くはその後の少女漫画界を担う人材として成長していった。

「サロン」は、1970年から1973年頃までが主要な活動期間で、肉筆回覧誌『魔法使い』の作成や、互いの作品制作への協力、少女漫画の今後のあり方に関する議論などの交流が日夜されていたと竹宮は語っている。「サロン」解散後も、参画した漫画家同士はそれぞれに親密な関係を持ち続けた。

2009年8月24日の読売新聞より

2009年8月24日の読売新聞より

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